鐘夏,李忻懌,李文平(通信作者)(2019)「教科書における『名詞+が+形容詞』の取扱いに関する一考察」『東アジア言語文化研究』(創刊号)1-10..pdf
教科書における「名詞+が+形容詞」の取り扱いに関する一考察 ―日本語教科書と現代日本語書き言葉均衡コーパスとの比較―1 Evidence Based Research on “noun + ga + adjective” Collocation in Large-scale Corpus BCCWJ Investigation Textbook 鍾 夏・李 忻懌・李 文平 ZHONG Xia, LI Xinyi, LI Wenping 要旨 本研究为了改善日语词汇搭配的教育现状,对日语教科书语料库(JTC)中“名词+ga+ 形容词”的搭配进行了调查,并且与现代日语书面语均衡语料库(BCCWJ)进行了比较,得 出了以下两点结论。第一,中国教科书与日语母语者之间在搭配的选取上具有差别。第二, 现行的中国教科书在搭配的选取上没有充分考虑日语母语者的实际使用情况。在指出上述问 题后,提出了今后教科书的改进对策。 キーワード: コロケーション 教科書コーパス 母語話者コーパス 名詞+が+形容詞 目次 1.はじめに 2.先行研究 3.調査方法 4.結果と考察 5.おわりに 1.はじめに 第二言語習得研究において、コロケーションの重要性が認められてきている。コロケー ションを習得することは、学習者の第二言語能力の最も重要な要因の一つであると報告さ れている(Crossley et al., 2015; Pawley & Syder, 1983) 。一方、近年の日本語教育に おいても、語彙指導のみならず、単語レベルの語と語の結びつきであるコロケーションに 重点が移されつつあり、コロケーションによる語彙指導の必要性と有効性が指摘されてい る(林田・西原, 2018; 三好, 2007) 。 コロケーションは個々の構成要素から全体の意味が解釈できるため、初めて出会った場 合においても意味が分かることが多く、見過ごされてしまう可能性が高い(李, 2014) 。ま た、従来の文法教育と語彙教育が切り離されて行われる中、単語帳を使用し、コロケーシ ョンを考慮した教育が行われているとは言い難い(林田・西原, 2018) 。コロケーション意 識を持たない学習者が、自発的にコロケーション学習を行うことは考えにくい。教材でど 1 本研究は、中央高校基本科研業務費青年教師科技創新項目「中国語境下形容詞搭配教学研究」 (2019 年、課題番号 3132019265)の研究助成による成果の一部である。 2 教科書における「名詞+が+形容詞」の取り扱いに関する一考察 の語をどのように扱うかは、学習者のコロケーション習得において、影響を与える要因の 一つと考えられ、また、使用可能な共起語も学習者自身では意識化しにくいことから、教 材で焦点化すべき項目であろう(大神, 2017) 。第二言語(以下、L2)におけるコロケーシ ョンの習得現状を改善するためには、有効な方法の一つとしては、教科書におけるコロケ ーションの取り扱い方を改善することが考えられる。 教育現場において教師と学生に最も頻繁に使われる道具の一つが教科書であり、継続的 に学習しやすい点において優れている。また、石川(2008)は「教科書が学習者の言語習 得に与える影響はきわめて大きい」と指摘している。そのため、教科書がコロケーション を明示的に提示すれば、学習者のコロケーションの習得状況が改善できると思われる。し かし、これまで中国で使用されている日本語教科書におけるコロケーションの取り扱いを 網羅的に調査する研究は少なく、李(2014)と李(2017)のみが挙げられる。李(2014) は中国で使用されている日本語教科書における「名詞+を+動詞」パターンのコロケーシ ョンを調査し、李(2017)は李(2014)の不足しているところを検討し、さらに「名詞+ を+~+動詞」パターンのコロケーションの追加調査を行っている。しかし、これまで中 国で使用されている日本語教科書におけるコロケーションの取り扱いに関する研究は主に 動詞を中心語(node word)としたコロケーションを調査してきた。形容詞を中心語とした コロケーションに関する取り扱い調査はまだ少ない。そこで、本研究では中国の日本語教 科書に見られる形容詞を中心語としたコロケーションに関する取り扱いを調査する。 本稿において、 「現代日本語書き言葉均衡コーパス」 (BCCWJ)を参照コーパスとし、中国 の「日本語教科書コーパス JTC 第一版」 (JTC)を分析対象として利用し、日本語教科書コ ーパスに見られるコロケーションを調査する。学習者が使う日本語教科書コーパスと母語 話者コーパスと比較することで、相違点を解明し、教科書の改善方法を探ることが本研究 の主な目的である。 2.先行研究 2.1.本稿におけるコロケーションの定義 本稿では、形容詞というとき、橋本文法をベースとする学校文法に基づき、 「よい」 「大 きい」 「美しい」など、基本形がイで終わり、いわゆるイ形容詞のみを指す。加藤(2003; 2009)と同様に、最終的に形容動詞(ナ形容詞)という品詞範疇を考える必要がないと結 論する。 日本語の形容詞は、述語として機能する終止用法、名詞の修飾語として機能する連体用 法、後続の動詞を修飾する連用用法という複数の機能を担っている(曹・仁科, 2006) 。そ して、日本語の形容詞には、述定用法はできるが装定用法はできない(白川, 2018:74)と いう例がある。典型的な例としては、寺村(1982:16)の次のような例がある。 a.*コノ辺ニハ多イ映画館ガアリマスネ b. コノ辺ニハ映画館ガ多イデスネ 鍾 夏・李 忻懌・李 文平 3 日本語では「多い」を装定用法として使えない。このため、本稿における形容詞を中心 語としたコロケーションは「名詞+が+形容詞」に限る。すなわち、形容詞の述定用法の み取り上げ、形容詞の装定用法は今後の課題として考察する。 コロケーションは、日本語の「連語」の概念に近く、統一した定義がなく、一般に「語 と語の間における習慣的な共起関係」であると認識されている。2 つ以上の語の共起は、 連結の強さと意味の透明性によって 3 つの段階がある(国広, 1985; 2007) 。最も強い語の 共起は「耳が遠い」のように、語と語の結びつきが固定的であり、個々の語の意味から全 体の意味が解釈できない慣用句である。次の段階は「月が青い」のように語と語の結びつ きが固定的であるが、個々の語の意味から全体の意味が解釈できる制限結合であり、一般 に「連語」や「コロケーション」と呼ばれる。最後の段階は「風が強い」のような「自由 結合」と呼ばれるもので、個々の語の意味によって自由に組み合わされるものである。L2 習得教育において、三好(2007)は自由結合に分類可能な語の連鎖は、学習者の母語の影 響によって不自然な表現を産出する可能性があると指摘している。例えば、学習者は母語 の影響によって「*能力が強い」 (曹・仁科, 2006)のようが不自然な表現を産出する。こ のため、本稿では、L2 教育の立場から三好(2007)の指摘を踏まえ、自由結合もコロケー ションとして扱うことにする。 2.2.学習者のコロケーション調査に関する先行研究 学習者のコロケーション使用に関して、BCCWJ の公開によって数多くの調査が行われて いる。中溝他(2012)は、日本語学習者のコロケーション教材を作成するために、BCCWJ2009 年度版を用い、漢語名詞「影響」に関するコロケーションについて調査を行った。その結 果、学習者に提供するコロケーション情報の試案を作成した。しかし、中溝他(2012)の 調査は「影響」一語に限られ、網羅的調査が行われていない。李(2014; 2017)は、日本 語学習者が使う教科書におけるコロケーションの提示方法を改善するために、BCCWJ2011 年度版のデータと日本語教科書 JTC コーパス第一版のデータを用い、 「名詞+を+動詞」と 「名詞+を+~+動詞」パターンのコロケーションについて調査を行った。その結果、教 科書が取り扱ったコロケーションと母語話者の使用実態との間に乖離があることが分かっ た。しかし、李(2014; 2017)の調査は「名詞+動詞」パターンのコロケーションに限ら れ、形容詞などを中心語としたパターンのコロケーション調査が行われていない。 そこで、本研究は中国におけるコロケーション教育現状を改善するために、李(2014; 2017)の研究を踏まえ、中国の日本語学習者に最も広く使われている四種類の教科書デー タが収録された JTC に見られる「名詞+が+形容詞」パターンのコロケーションを調べ、 母語話者の使用実態との比較によって、以下の 2 つを研究課題として取り上げる。 RQ1:提示している上位 50 項目のコロケーションにおいて、中国の教科書と日本語母語 話者の相違点は何か。 RQ2:中国の教科書の取り扱いに問題のあるコロケーションは何か。 4 教科書における「名詞+が+形容詞」の取り扱いに関する一考察 3.調査方法 3.1.使用するデータ 教科書コーパスとして、2006 年北京日本学研究センターが開発した『日本語教科書コー パス JTC 第一版』 (JTC)を利用する。JTC には中国教育部推薦教材と認定された BD、BW、 DW、SW のそれぞれ 4 冊、計 16 冊の教材が収録され 1,244,270 語のデータを格納している。 曹(2011)は JTC に収録した教科書が中国国内の大学 1 年生、2 年生に最も広く使われて いると指摘している。中国の日本語学習者が使う教科書の実態が反映できるため、本研究 は JTC を使用する。 参照コーパスとして、2015 年国立国語研究所が更新した『現代日本語書き言葉均衡コー パス』 (BCCWJ)DVD 版 1.1 を使用する。その理由として、BCCWJ が「現在のコーパス研究に おいて最も信憑性の高いデータベースの一つ(石川, 2012) 」である。BCCWJ が書籍全般、 雑誌全般、新聞など 13 のジャンルにまたがって 1 億 430 万語のデータを格納し、均衡的 な大規模コーパスであるため、現代日本語書き言葉の使用実態を代表していると考えられ る。 なお、コロケーションによる語彙指導の有効性を確保するために、頻度数 4 以上のコロ ケーションを抽出する。 3.2.データ処理手順 「名詞+が+形容詞」パターンのコロケーションを以下の手順によって抽出する。 (1)原文のデータを一行一文に整形する。 (2)CaboCha 0.69 + IPADic 2.7.0 で構文解析を行う。 (3)係り受け関係にある前文節と後文節を一行に整形する。 (4) (3)のデータに、形容詞が含まれる行を抽出する。 (5) 「名詞+が+形容詞」パターンのコロケーションを抽出する。 (6) 「名詞+が+形容詞」パターンのコロケーションの頻度表を作る。 (7)頻度表から慣用句を削除する。 本研究の目的は、中国の日本語教科書に見られるコロケーションを調査し、BCCWJ との 比較を通じて、中国における日本語学習者に対するコロケーション教育を改善することで ある。 「名詞+が」の後は直後に形容詞がくる場合とそうでない場合がある。すなわち、前 者は「名詞+が+形容詞」であり、後者は「名詞+が+~+形容詞」である。コロケーショ ンの抽出方法が未だ十分に確立されていない(砂川 2011)現状下で、抽出作業(2)に関して は、 「名詞+が」 の直後に形容詞がくる場合のコロケーションのみ抽出すると不完全になり、 このため、 「名詞+が+形容詞」と「名詞+が+~+形容詞」を全部抽出するべきだと考え られる。こうして、構文解析が必要となり、現在日本語の構文解析に関して「CaboCha + IPADic」が一般的とされ、本研究に適していると判断した。具体的な構文解析の例は表 1 に示す。構文解析の結果から係り受け関係にある前文節と後文節がわかる。具体的な係り 鍾 夏・李 忻懌・李 文平 5 受け関係の例は表 2 に示す。 [表 1] 「CaboCha 0.69 + IPADic 2.7.0」による構文解析の具体例 原文 なかなか性能がいいですよ。 * 0 2D 0/0 -1.964034 なかなか 副詞,助詞類接続,*,*,*,*,なかなか,ナカナカ,ナカナカ * 1 2D 0/1 -1.964034 性能 名詞,一般,*,*,*,*,性能,セイノウ,セイノー が 構文解析 助詞,格助詞,一般,*,*,*,が,ガ,ガ * 2 -1D 0/2 0.000000 いい 形容詞,自立,*,*,形容詞・イイ,基本形,いい,イイ,イイ です 助動詞,*,*,*,特殊・デス,基本形,です,デス,デス よ 助詞,終助詞,*,*,*,*,よ,ヨ,ヨ 。 記号,句点,*,*,*,*,。,。,。 EOS [表 2] 係り受け関係にある前文節と構文節 前文節 後文節 1 なかなか いいですよ。 2 性能が いいですよ。 [表 3] 両コーパスにおける 4 回以上のコロケーションの概要 JTC 総語数 4 回以上のコロケーション BCCWJ 頻度数 種類数 頻度数 種類数 1,244,270 21,367 104,612,423 185,136 559 67 89,763 5029 また、データ処理手順(7)における慣用句の判断について、慣用句とコロケーションの 区別が曖昧である(宮地, 1985; 阪田, 1990)ため、より客観的に慣用句判断を行うため に、 『日本語慣用句辞典』 、 『三省堂故事ことわざ・慣用句辞典』 、 『研究社日本語コロケーシ ョン辞典(慣用句部分) 』の慣用句およびコロケーション辞典を利用し、三冊に一冊以上に 現れたものを慣用句とみなし、頻度表から削除する。両コーパスにおける 4 回以上のコロ ケーションは表 3 に示す。 4.結果と考察 4.1.コロケーション上位 50 項目に関する分析(RQ1) 6 教科書における「名詞+が+形容詞」の取り扱いに関する一考察 4.1.1.教科書と母語話者の相違点 [表 4] 両コーパスにおける上位 50 項目のコロケーション JTC コロケーショ BCCWJ 頻 頻度 コロケーショ コロケーション 頻度 頻度 コロケーション 人が多い 238 気持ちがいい 1711 性が高い 237 仕事が忙しい のどが痛い 1330 場合が多い 240 影響が大きい 6 人が少ない 859 者が多い 219 人が少ない 都合が悪い 6 力が強い 715 率が高い 216 例が多い 16 背が高い 6 お客が多い 610 数が多い 208 体調が悪い 14 天気が悪い 6 漢字が多い 563 割合が高い 203 機会が多い 12 物価が高い 6 風が強い 535 ケースが多い 201 性が大きい 11 おなかが痛い 6 成績が悪い 534 量が多い 197 時間が短い 11 天気がよい 6 成績がいい 453 度が高い 195 頭がおかしい 11 成績がよい 5 天気がいい 436 数が少ない 195 差が大きい 10 雨が多い 5 体が大きい 360 傾向が強い 189 規模が大きい 9 仕事が忙しい 5 時間が短い 351 量が少ない 183 人気が高い 9 目が悪い 5 時間が長い 343 調子が悪い 175 値段が高い 8 足が悪い 5 生活が苦しい 338 背が高い 170 確率が高い 8 人口が多い 5 色が黒い 323 比率が高い 168 企業が多い 8 頻度が高い 5 日が多い 320 具合が悪い 168 部分が多い 8 具合が悪い 5 勉強が忙しい 312 時間が長い 166 感が強い 7 頭がいい 5 きまりが悪い 309 仲が良い 161 力が弱い 7 体がだるい 4 髪の毛が長い 303 気分が悪い 160 性が低い 7 気温が低い 4 足が痛い 299 率が低い 157 機嫌が悪い 7 気分が悪い 4 値段が安い 265 力が強い 151 運がよい 7 都合がいい 4 朝が早い 251 頭が痛い 151 意識が強い 7 場合が多い 4 意見が強い 249 性が強い 151 点が多い 7 包装が少ない 4 性能がいい 246 風が強い 148 仲が悪い ン 度 ン 65 人が多い 6 音が小さい 2304 41 頭が痛い 6 胃が痛い 31 値段が高い 6 20 体が弱い 16 注:下線の項目は JTC と BCCWJ 共通しているものである。太字の項目は教科書上位 50 項目に含まれず、 BCCWJ の 12 個のサブコーパスに現れたものである。イタリック体の項目は教科書に取り上げられていな い項目である。 JTC と BCCWJ における上位 50 項目のコロケーションを表 4 に示す。表 4 の左端の列は、 JTC において頻度順位で上位 1 位から 25 位のコロケーション項目を表し、 その右の列は 26 位から 50 位のコロケーション項目を表す。また、BCCWJ 全体のデータにおける頻度順位で 鍾 夏・李 忻懌・李 文平 7 上位 50 項目を表 1 の右半分にまとめる。なお、本研究では、抽出単位が短単位であるた め、 「者が多い」 「率が高い」などの項目は実際には「~者が多い」 「~率が高い」の形で用 いられる。 上位 50 項目において、母語話者と教科書で共通している項目は 13 項目(表 1 のなかの 下線の項目)のみである。このことから、中国の日本語教科書と日本語母語話者による言 語使用との間に乖離があるといえよう。 また、川瀬(2007)は現実社会で多く使用されている日本語に対してどのように切り取 って教材化するかという問題について、 「使用頻度が高く、使用分布が広い」という基本的 な語が教材に組み入れることが重要であると指摘している。このような指摘のもとで、 BCCWJ の上位 50 項目の使用分布を調べ、その結果を表 5 に示す。出現したサブコーパスの 数が 11 個に対し、コロケーション項目の数が 16 個であるというのは「BCCWJ の 13 個のサ ブコーパスにおいて、該当のコロケーションは 11 個のサブコーパスに現われ、そして上位 50 項目において項目が 16 個ある」と意味する。表 5 から、BCCWJ の上位 50 項目はすべて 5 個以上のサブコーパスに現れたものであり、7 個以上のサブコーパスに現われた項目が 94%に占める。このことから、BCCWJ の上位 50 項目のコロケーションは母語話者によく使 用されている項目であるのみならず、広く使用されている項目でもあるといえる。教科書 上位 50 項目に含まれず、BCCWJ の 12 個のサブコーパスに現れた項目は「~性が高い」 、 「割 合が高い」 「~数が高い」である。これらの項目は母語話者が頻繁にそして広く使っている ものであるが、JTC 上位 50 項目では扱われていない。このことから,教科書は母語話者の 使用頻度が高く、広く使用されている項目を十分に考慮していない可能性があると考えら れる。より到達レベルの高い総合教科書には「使用頻度が高く、使用分布の広い」という 基本的なコロケーション項目(たとえば、太字の項目)をより積極的に取り入れることを期 待している。 [表 5] BCCWJ における上位 50 項目のコロケーションの使用分布 出現したサブコーパスの数(個) 12 11 10 9 8 7 6 5 コロケーション項目の数 3 16 4 8 6 10 2 1 累計数 3 19 23 31 37 47 49 50 累計の割合 6% 38% 46% 62% 74% 94% 98% 100% 注:累計数が左から計算している。1~4 個と 13 個のサブコーパスに現れた項目は 0 であるため、表では 省略する。 4.1.2.BCCWJ における上位 50 項目と日本語教育指導要領とのかかわり 日本語教科書は、各学習段階のシラバスを参考した上で、母語話者がよく使用するコロ ケーションを取り入れると同時に、各段階の基本語彙を優先的に取り入れるべきであると 考えられる。したがって、本研究は次に、BCCWJ における上位 50 項目の構成要素と中国の 8 教科書における「名詞+が+形容詞」の取り扱いに関する一考察 大学一学年と二学年の日本語教育基礎段階(以下、基礎段階)のシラバスに規定した基本 語彙との比較を行い、両者の関わりを明らかにする。分析に当たり、使用する基礎段階に おけるシラバスは『高等院校日語専業基礎階段教学大綱』 (2001) (以下、大綱)である。 その理由は『大綱』が中国の大学一年、二年の教育基準であり、各学習段階の学習につい て詳しく規定しているからである。 まず、基礎段階のシラバスにおけるコロケーションの教育基準を見てみる。 『大網』は第 一学年と第二学年におけるコロケーション関して 「少量の常用フレーズを使いこなす」 (p.4) と規定しているが、慣用句のリストのみが示されている。また、シラバスに現れた「名詞 +が+形容詞」パターンのコロケーションは 5 項目のみである。それは「意地が悪い」 「気 が弱い」 「口が重い」 「都合が良い」 「都合が悪い」である。 「都合が良い」という項目だけ が母語話者がよく使うコロケーションであり、BCCWJ における残りの母語話者がよく使う コロケーションが収録されていない。このように、 『大綱』がコロケーションの重要性をよ く認識しておらず、今後母語話者のよく使うコロケーションを取り入れる必要があると考 えられる。 4.2.教科書に問題があるコロケーションにおける分析(RQ2) 4.2.1.教科書の問題点 教科書の問題点は、以下の 2 点に整理できる。第一の問題は、母語話者がよく使うコロ ケーションが、教科書に取り上げられていないことである。 「教科書は母語話者の言語使用 における高頻度の項目を優先して扱うべきである」という主張に反対する者はいないだろ う。特に、BCCWJ のような大規模均衡コーパスにおける上位 50 項目のコロケーションは、 表 4 から分かるように、よく使われているものであると同時に、広く使われているもので もあるといえよう。また、このように使用頻度が高く、使用分布が広いものは教科書編集 において重要であると指摘されている(川瀬 2007) 。したがって、まず BCCWJ の上位 50 項 目に関して、JTC に取り上げられているかどうかを調べ、この種類のコロケーションを分 析する必要がある。第二の問題は、母語話者があまり使わないコロケーションが、教科書 で大きく取り上げられていることである。このようなコロケーションの提示は、学習者が 不自然なコロケーションを産出する要因となる可能性がある。 4.2.2.教科書に取り上げていない項目 BCCWJ の上位 50 項目において、教科書に取り上げられていないコロケーションが(表 1 のイタリック体)13 項目ある。これらのコロケーションは母語話者よく使用する項目であ るため、教科書の編集に導入すべきであると考えられる。この中で、1 番目に多い「割合 が高い」は母語話者がよく使用するコロケーションであり、そして 12 個のサブコーパスに 現れているため、最も広く使われているコロケーションであるといえよう。しかし、教科 書において「割合が大きい」という形で提示されている。BCCWJ において「割合が高い」の 鍾 夏・李 忻懌・李 文平 9 頻度は 563 回であるが、それに対し、 「割合が大きい」の頻度は 120 回である。この表現は 不自然であるとはいえないが、母語話者がよりよく使用する表現ではないといえよう。学 習者がより自然な表現を産出させるように、 今後、 教科書は母語話者の使用度が一番高く、 一般的に広く使われているコロケーションを提示することを期待している。 4.2.3.BCCWJ にない項目 教科書に 4 回以上現れているが BCCWJ に現れていない項目は、母語話者が一般的に広く 使用しないものを意味し、全部 2 項目で延べ頻度 11 回である。それは「包装が少ない」と 「社会が貧しい」である。 教科書における「包装が少ない」というコロケーションに対し、BCCWJ における「包装」 と共起強度の高い項目は「包装が多い」 「包装がない」などである。このような状況が出現 した原因は日本の社会文化、生活習慣と関係があると推測できよう。日本では包装にこだ わり、二重や多重、また包装がない商品が一般的だと見られる。こうして、このような言 い方が少ないと考えられる。 教科書における「社会が貧しい」というコロケーションに対し、BCCWJ における「社会」 と共起強度の高い項目は「社会が悪い」である。このような状況が出現した原因は教科書 が中国の社会文化、生活習慣を考慮していると推測できよう。そして、 「社会が悪い」とい うコロケーションがマイナスなイメージを持ち、教科書がこのようなマイナスなイメージ を避けることが一般的であると考えられる。 5.おわりに 本研究では、中国の大学一学年、二学年で一番広く使用する日本語教科書に現れたコロ ケーションを調べ、母語話者の使用実態との比較を通じて、教科書におけるコロケーショ ンの取り扱い方、またその問題点が明らかになった。両コーパスにおけるコロケーション の上位 50 項目では、12 項目が教科書に取り上げられていないということから教科書と母 語話者の間に乖離があることが分かった。具体的に教科書において母語話者がよく使うコ ロケーションを提示することは各学習段階のシラバスと基本語彙と基本的に一致している にもかかわらず、広く、使われている「~性が高い」 「割合が高い」 「~数が少ない」のよ うに、コロケーションを積極的に取り入れていない。今後、教科書は母語話者のコロケー ションの使用実態を参考にした上で, 広く使われているコロケーションを優先して導入し, 日本語教育におけるコロケーション学習の重要性を見直す必要がある。 本研究に使われている教科書コーパスは 2006 年に公開した JTC であるが、今までもあ る程度中国の日本語教育の実態が反映できるといえよう。これから、最新の中国の日本語 教科書を分析し、従来の日本語教科書、また母語話者の使用実態との比較を行い、その相 違点を明らかにしたい。また、今回の研究対象は形容詞の述定用法だけであり、将来は形 容詞の装定用法も分析し、教科書におけるコロケーションの改善を進めていきたい。 10 教科書における「名詞+が+形容詞」の取り扱いに関する一考察 主な参考文献 1. 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